inner-castle’s blog

読書、キリスト教信仰など内面世界探検記

ファンタジーの世界観

 私の何よりの楽しみは、良質のファンタジーやSF小説を読みふけることである。昔から、その件で親や夫に呆れられた。しかし今は、好きなものをだれ憚ることなく読める時期だ。お堅い本に疲れると児童文学であろうと構わず楽しく読みふけっている。

 最近は、新しい本を発掘する時間も余裕もないので、以前読んだものを読み返している。テレビでドラマ化されたり、アニメ化された上橋菜穂子さんの「精霊の守り人」シリーズは、彼女の作品の中でもっとも好きなものである。

 まず、その世界観に惹かれた。現実に人間が暮らす世界(サグと称している)のほかに、サグと裏表ほど密着していないがつかず離れずに異界(ナユグと称する)が存在し、ナユグの出来事がサグにも影響を及ぼす関係にある。作者が文化人類学者の関係だろうが、シャマニズムやアニミズムに造詣が深く、ナユグは言わば生の根源的世界と言える。人類は存在せず、自然とくに海中の生物が中心となっていて、その世界の主とか王とか言われるものは、巨大な海蛇である。水生人というものも存在するが、言わば天国における天使のような、個々の自意識のない人語を語るだけの生物である。

 人間が現実の世界で、時間と空間の中で歴史を作っていくのとは違い、ナユグの世界は常に現実の根底にある生の根源といった様相を示している。ナユグ独自の歴史は存在せず、あるがまま無時間的自然の存在といった感じてある。

 人間の中には、サグとナユグ双方にまたがって生きる者があり、そのような者の一人として生まれた皇子チャグムが、サグとナユグ双方に雨をもたらす巨大な二枚貝(実体はナユグにある)の卵を産み付けられたところから物語が始まっている。この小説世界では動植物で巨大な精気を持つもの(巨木や巨大生物など)を精霊と称している。我が国でも「ご神木」など、存在するのだから「精霊」という概念は非常に分かりやすい。皇子チャグムが、水妖(実際は、サグ・ナユグ双方に雨をもたらす精霊)に寄生された事が表沙汰になれば天皇を思わせる帝を中心とした政治的体制の威信を脅かすと、暗殺が図られる。それを阻止するため母の妃が用心棒稼業の短槍の名人、バルサにチャグムを託し逃亡させる。女ながら剣豪(槍豪)のバルサが、政治や雨をもたらす精霊の卵を孵すなどの実益を度外視して、人間チャグムの生命を守り抜くところが痛快でドラマチックである。その後、チャグムを中心に日本を思わせるヨゴという国が、ナユグの世界と関わりつつ、同じ大陸の隣国と組んで別の大陸の帝国の侵略をどう防ぎ、新しい国を建設していくかという歴史小説のようなものが続いていて、シリーズをすべて楽しんで読んだ。

 ただし、ナユグがあまりにアニミズムやシャマニズム的世界観から創作されている点は気に入らない。目に見える現実世界に、実在する目に見えない世界が関わり合っているという点は同じでも、私自身はハッキリとクリスチャンであり、異なった世界観の持ち主である。

 私は、この時間と空間を超えた世界が実在する事を、信じている。人間は死後は、肉体を離れた霊として存在し、終末時に復活の体に甦ると信じている。目に見えない天が存在し、天が歴史を導き、やがて神の国において天と地は一つになることも信じている。そして、目に見えない神の国が、現実のこの世において成長しつつあることも信じている。ところが、そうした現代のキリスト教的世界観からのファンタジーというとなかなか見つからないのである。ミルトンは「失楽園」において、ダンテは「神曲」において、それぞれ自分の信じるキリスト教的世界観からのファンタジーを描いた。バニアンの「天路歴程」もその一つであろう。キリスト者は、天が「精霊の守り人」シリーズにおけるナユグ以上に、現実の目に見える世界に関わりそれを導いていると信じているはずである。なぜ、そうした世界観がファンタジーとして現れる作品が少ないのだろう。

 それは、キリスト者自身が、現代科学の唯物的世界観に影響され、ハッキリと幻を見ることを恥じているからではないだろうか。だけど、死んだら終わりとか、太陽系の終末と共に人類も消滅するとか、恐ろしく暗い世界観でいいのか?聖書が語る希望を恥じてはいけない。堂々と新天新地を待ち望んでいることを、まず自分自身で受け入れるべきではないだろうか。アメリカの進化論を否定するようなファンダメンタリズムとは異なる、近代科学を受け入れる柔軟さと、聖書の語る希望を深く信じる信仰の両立を目指し、喜びに満ちたキリスト教的世界観を構築したいものである。その過程で、活力に満ちたファンタジーが生まれてくると信じる。良いキリスト教幻・ファンタジーを待望している。

 

洗礼者ヨハネの最後

 猛暑とコロナ禍で引きこもるっていると、刺激がなくて本を読みたいという好奇心もなくなってくる。午前中のパート勤務を終えると、翌日の労働再生産に必要なこと以外何もせずゴロゴロと過ごしてしまう。

 それに、家庭礼拝でヨハネ伝を取り上げているので講解書を読むことになるが、これが酷く難しい。特にバルトの講解は、何を言っているのかさっぱり分からんという代物で難儀である。結果、毎日うんうん言いながらヨハネ伝の講解を読み、自分の限界を感じている。人との交流も少なくなり、時折、まだ若いはずの知人の訃報を聞いたりすると、生活の第一線を外れた自分や知人達の老いを淋しく思う。

 ヨハネ伝三章の終わりに、神殿で宮浄めをされたイエスがその後ユダヤ地方南部で洗礼活動をされたという記事がある。一方、洗礼者ヨハネはそこから遠く離れた「サリム近くのアイノン」つまりユダヤ地方北部のサマリアに近い場所で洗礼活動を続けていた。イエスから洗礼を受けたユダヤ人と、洗礼者ヨハネの弟子達が、洗礼について論争になった。イエス聖霊によって洗礼を授ける御方であり、水による洗礼はその徴とされているから、水による洗礼の意義についてヨハネの教えることと違いがあったのではないか。ヨハネの弟子達が師の洗礼者ヨハネの所に来て、「あなたが証された人(イエス)が洗礼を授けています。みんながあの人のところに行っています」と、告げ口をした。このままでは、師の教えが廃れてしまうと心配したのである。それに対し、洗礼者は「彼(イエス)は必ず栄え、私(ヨハネ)は衰える」と告げた。

 神の霊に満たされ、イスラエルが待ち望んだメシア到来の近さを予感し、その道備えとして悔改めの洗礼活動を為しつつ、到来する御方の前に自分はその靴の紐を解く価値さえないと畏怖した神の人ヨハネ、その彼が、待ち望んだメシア・イエスが活動を開始されたことを聞いて喜び、同時に、自分が役目を果たし終えて消え去ることを思う。その心中に、自分の最後を悟る悲しみはなかったのだろうか。それに、牢獄での斬首という無残な最後を予感できなかったはずはない。だが、それを上回るメシア到来実現を見た喜びがあったのだろう。

 洗礼者ヨハネとは比較にならない卑小な私だが、自分が過ぎ去ってゆく末路をこのように喜びに満ちて預言した洗礼者の言葉に感動する。老いは悲しい。もはや自分が誰の役にも立たず、若いときの能力も失ってゆく。しかし彼は、神の国が実現していくというより大きな希望を見たのだ。自分一箇の希望実現ではなく、神が人と共に住み、神に愛され愛し合う世界の端緒を見て喜んだのだ。老いと死を喜び迎えるためには、自分個人を超えたより大きな希望が必要なことをここから学ぶ。

 イエスは、牢獄のヨハネからの問いに次のように返答されている。「…貧しい人は福音を聞かされている」。孤独となり、体力や若い頃の能力も衰えてゆく「貧しい」私は、福音を聞かされて喜びつつ老いと死を迎えたいと思った。まだまだ、うんうん言いながらも聖書の勉強をしつつ年をとっていこう。

 

映画「一粒の麦、荻野吟子の生涯」を見る

 先日、アルバイトで知り合った仲間に誘われ、山田火砂子監督、現代プロダクション制作の表記映画鑑賞会に参加した。わざわざ赤羽まで出かけなくとも,DVDか上映映画館がないか探したが、見つからなかった。娯楽的要素が少ない作品なので、商業ベースにのらず、新婦人の会などが主催となって各地で上映会が催されているようだ。

 主演の若村麻由美は、私の好みの美人女優であり、吟子の夫役の山本耕史も好きな役者であるから、雨の中、楽しみに出かけた。

 荻野吟子は、日本で最初に医師免許を受けた女医である。裕福な名主の家に生まれ、学問好きであったが、女の幸せは嫁いで母となることと親に説き伏され、熊谷の名主の家に嫁いだ。ところが、夫に淋病をうつされ、子供の産めない体になって離縁。

 女にとって、母になることは男女の愛の成就以上に、大きな喜びであり生きがいである。だが、子供が産めない吟子にもはやその道は閉ざされた。そうであるなら、女としてでなく、むしろ一箇の人間として生きねばならない。その道を開くものとして、彼女は学問を選んだ。そして、医者は男性しかいなかった時代に、性病治療のため男性医師達の前に恥部を曝す苦痛の体験から、女の医者になることを志す。先ず、男性学生に交じって先進の学問を学び、福沢諭吉の「学問のすすめ」に励まされる体験をする。国学者で皇漢医の井上頼圀の塾で学び、彼の後妻に望まれたが、これを断る。もし受けていたなら、彼女の才能と知性を認める彼と結ばれ、子供が産めないにしても幸福な生活があったのではないか。だが、女である以上に一人の人間として生きる彼女の意志は揺るがなかった。一時教師となったが、東京女子師範に進学、主席で卒業する。東京女子師範教授の紹介で、私塾で医学を学び、男性学生から様々のいじめを受けるが、優秀な成績で卒業する。しかし、それからが苦労の頂点であった。医術開業試験受験を、女であるという理由からどうしても認められないのである。「前例がない」といういかにも官僚的理由を打破するため、井上頼圀らの協力を得て日本史における女医の存在を探し出し、様々の人々から援助を受けて、遂に女性に受験を認めさせることに成功。そして日本初の女医として華々しく開業したのである。

 一人の人間として生きようとする過程で、様々な女性蔑視に苦しんできた彼女は、神の前に人間は平等であるというキリスト教の教えに強く惹かれた。海老名弾正により受洗、キリスト教となる。そして訪ねてきた13歳も年下の同志社の学生、志方之善に心惹かれる。彼は、敬虔なキリスト者であり、知的障害児自立支援の為上京した。だが、キリスト教伝道を志し、同志社で神学を学び牧師となる。彼は、吟子を置いて単身北海道に渡り、そこで開拓し伝道をしようとする。吟子は、自分の稼ぎでそれを支えたが、後に医業を棄てて北海道にわたり、牧師としての彼と生活を共にする。

 しかし、彼は様々の事業に失敗、41歳の若さで病没する。この時期の苦難と挫折の体験は、しかし吟子にとって深い恵みの体験となった。彼女は、両親を失った夫の姉の子を養女として、東京に帰り、再び医院を開業する。そして、62歳で没した。

 晩年の情景として、12・3歳の養女に「人生に大切なことはみな、聖書に書いてあります。聖書をしっかり読んで下さいね。あなたの一番好きな聖書の言葉は何ですか。」と聞く場面がある。養女は「艱難は練達を生み出し、練達は忍耐を生み出し、忍耐は希望を生み出す。そして希望は失望に終わることがない。」というロマ書の言葉が好きですという。「どんな困難にも夢を失うことなく頑張れば、夢を実現できると励まされるからです。」と理由も述べた。これこそ、吟子の生涯の総括とも言えるのではないか。

 だが、吟子は「そうですね」とうなずきつつ、「お母様が一番好きな言葉はね、」と『一粒の麦、もし地に落ちて死なずば、ただ一粒であらん。だがもし、地に落ちて死ねば、多くの実を結ぶようになる』とのヨハネ伝の言葉を選ぶ。彼女は開拓者として艱難辛苦のすえ、遂に日本初の女医となった。だがその自己実現の成功以上に、虐げられた女達の為に廃娼運動に取り組み、障害者自立支援運動を親身に支えたこと、そして何よりも夫と共に「神の前に平等な」キリスト教社会を築こうとしたこと、つまり「地に落ちて死ぬ」献身を為し得たことを、最大の喜びとしたのである。大変感動した。

 映画が終わると、監督挨拶がある。なんとよぼよぼの杖をついた老婆。八十八になるという。次女が知的障害者であったことから、映画監督を志したという。いまなお現役で、次の作品に取り組んでいるという。僅か72歳で、「もう何をするにも年だから」など感じていた私には、大変な刺激であった。

 演劇や映画がコロナ禍で苦境にある現在、このような地味な作品はなお苦しいであろう。出演した役者達も多くはボランティアであり、自腹を切っての出演であると言う。少しばかりのカンパを献げて、会場を出た。

 仲間と喫茶店で感想を話し合った。「だけど、いいとこのお嬢様で、親や周囲が理解してくれたから、学問したり医者になれたりしたんだと思う。私なんか、女は高校出れば十分と、大学にも行かせて貰えなかった」とか、「障害者が身内にいるとどんなに苦労でしょう」などガヤガヤ話し合う。今でも、最近の医大受験の女性差別に見られるように、日本の社会はまだまだ女性や障害者差別が色濃い。それを変える為には、まず私達自身が変わらねばならない。老人だから何も出来ないではなく、山田監督に倣って、老いて様々の役割から解放されたからこそ自由に、次の世代の為に社会を革新する方向に行動し思索しなくては…。とにかく、なんとかみんな頑張ろうねと言って、別れた。

 私はテレビはあまり見ない。だから、「花埋み」という荻野吟子の生涯を題材にしたドラマも見ていない。この原作となった渡辺淳一の小説を読んでみたくなった。

 

オンライン礼拝

  コロナ禍で二ヶ月ほど、家庭礼拝が行えなかった。緊急事態宣言中でも、仕事を休むわけにいかず出勤を続けていたので、万一自分が罹患してそれに気づかない無症状コロナ患者であったらと思うと、娘や孫と集まり礼拝するのが怖かった。そこで、説教レジメのみ郵送し、各自で黙想して礼拝に代えることにした。

 ところが、緊急事態解除となりやっと集まって礼拝することなった処、郵送していたレジメは全然読まれていないことが判明。確かに、一人で説教レジメを読むだけでは、礼拝した気分にはなれない。それに、主が臨在して下さると約束されたのは、「二人または三人が、私の名の下に集まるとき」と聖書に書いてある。孤独の祈りや黙想にも、主は偕にいて下さるだろうけれど、せっかく20年以上続けてきた集いである。病気や事故の危険は、生きている限りつきまとうのだから、外出自粛の事態となっても、なんとか対面する集いとしての礼拝が出来ないものかと考えた。

 そこで思いついたのがオンライン飲み会ならぬ、オンライン礼拝である。教会の礼拝のように大勢ではない家庭礼拝であるから、オンライン飲み会のやり方が一番参考になった。双方向で対話が出来るし、画面で相手の反応も見える。とりあえずPCにすでに組み込まれていたスカイプというソフトを使って、試しに実行してみた。

 音声は多少エコーがあったが気になるほどでもなく、説教レジメを画面に表示して話すことも可能であった。賛美歌も一緒に歌えるし、祈りを共にすることも出来る。自宅に集まると同様、孫が出たり入ったりするのもそれなりに楽しい。10人以内のオンライン飲み会が可能であるなら、小規模の礼拝も同様に可能ではないか。語る者としては、相手(聴く側)の反応を見つつ話したいと思うし、聴く側も感想や質問を述べたい場合もあるだろう。オンラインでそれが可能であれば、文書送付するだけよりよっぽどましではないか。欲がでて、ズームというソフトも試したくなってしまった。

 原則、集まっての礼拝を厳守したいし、そうすべきだと思う。だが、外出自粛や台風などで集えない場合には、以後オンライン礼拝も一つの方法だと思った。

死後の生活、復活まで

 最近、いよいよ私も老年に入り、死後の人間のありようについて思いをいたすようになった。かかりつけのお医者様に、まだ後20年以上生きるんだからその気で頑張れなど言われると、ヨタヨタヘロヘロで老残を生きるのかとうんざりする。ま、成り行きに任せるしかない。ただし、生涯教えられてきたとおり、信仰をもって生も死も受け入れられるよう、覚悟してしっかり聖書を学ぼうという気にはなる。

 人は死んだら直ぐ、天国(または地獄)に行くのだろうか。子供の頃はそう信じていた。しかし、聖書の教えるところでは、キリストが再臨され、死者は蘇り、万物が更新される「終りの日」があり、その時、キリストが復活の体で生きておられるように、信徒たちもパウロがあんなにも希望した「身体の贖い」を受けて、復活の身体に甦るとされている。だから、その時までは、「身体」なしの霊魂として死者は存在することになる。しかし、それはパウロの言う「身体を離れて、キリストと共にある」存在であり、信仰によってではなく直接主を見る歓喜に溢れた生であろう。イエスと共に十字架につけられた罪人の一人に「あなたは、今日、私と共にパラダイスにいるであろう」とイエスは告げられた。と言うことは、死後直ちにパラダイスにある存在に移されると言うことである。だから、死んだら最終的な天国即ち神の国の存在に移されるのではなく、平安と喜びに充ちたパラダイス的状態に移されるのである。そうでなくては、この地上の悲惨をほったらかしにして、別の所に天国があるようではないか。聖書は、万物が神の子達の自由に与るという最終的な神の国の希望を語っている。だから、中間状態として死後直ちにパラダイスに移されると考えるのが正しいようだ。

 ルッターは、死後終りの日まで意識のない状態であろうと云っているが、それはちょっと違うと思う。天に召された方々も、地上にあった時のような活動状態ではないが、少なくとも祈りにおいて地にある者達と交流があるように思える。愛する者の墓前において、自ずから語りかけないだろうか。また、なにかの折りに彼らからの励ましを感じないだろうか。だから、面識あり地上で交流のあった者達と、何らかのかたちで地上にある者と天にある者の交流が残っているように思う。これは特に信仰篤いからではなく、普通の人間の感覚ではないか。

 では、その中間状態において祈りのほか、主に何をしているのだろうか。これは、私の想像だが、認識の学習をするのではないか。おぼろに感じていたことを、直接対面するように知る。どうして自分はこんなに頭が悪くあるいは障害をもった存在として生きねばならなかったのか、など喜びと感謝をもって納得し、それによって神を讃美することができるのではないか。勿論、地上にあって信仰によってそうした認識に達する人々も存在するだろうが、私のような小信仰の者は死後パラダイスにあって改めて信仰と認識を深めさせて頂けることを期待したい。

 これまで死後直ちに地獄にのコースは考えてこなかった。なぜなら、主は「罪人が一人も滅びずして、永遠の命を得る」ために世に到来して下さったのだから、肉体において生きるにしても、死後何処に行くにしても、主を信じようと思うからである。親鸞はたとえ地獄に落ちようとも法然上人を信じると云った。それなら、主の復活を信じるキリスト者はなおさらそうであって、生においても死においても、イエス・キリストに自分を委ねようとおもうからである。結局、ヨタヘロで生きるにしてもキリスト者としてあり続けよう、これが今のところの私の結論である。

藤井武著「羔羊の婚姻」

藤井武著「羔羊の婚姻」
 藤井武は、内村鑑三の弟子で無教会派の独立伝道者であった。彼は石川県金沢市の出身だが、父の東京赴任に伴い上京。一高・帝大出のエリートである。卒業後、4年間内務省官僚として勤務したが、キリスト教伝道の志やみがた辞職して、内村の助手となった。学生時代に、親の取り決めた金沢市の名家の娘と婚約、卒業と同時に結婚した。恋愛結婚ではなかったが、彼は一目で彼女を愛した。彼女も彼の導きでキリスト教信仰に入り、世にも麗しい家庭を築いた。伝道の道に進むこと、独立伝道の開始、ほかすべて彼女の賛成と協力があった。その彼女が5人の子供達を残し、30歳になるやならずで逝去した事は、藤井を打ちのめした。祈る力も生きる力も失せたかと思える時、彼女の葬儀で恩師内村が語った「以後、彼女は天にあってベアトリーチェがダンテを導いたごとく、彼を導くでありましょう…」が胸に蘇った。
 天にある彼女と地にある自分が一体となった二人の合唱として、神を讃美する歌として書き始められたのが「羔羊の婚姻」という長詩である。彼はミルトンの「失楽園」を翻訳しており、構想のヒントとした。パウロの「清き乙女として、ただ一人の男子キリストに娶さんが為に…」や黙示録の「羔羊の花嫁たる教会」から、創造の目的を神の独り子がその花嫁なるエクレシアと偕に神を讃美することと捉え、創造の初めから完成に至る壮大な叙事詩である。三部に分かれ、上篇「羔」は創造から旧約時代を経てバプテスマのヨハネを先駆けに独り子が受肉と、十字架と復活までのイエス伝。中編「新婦」は花嫁たる教会(エクレシア)の成長と放浪、つまり信徒たちの歴史を語る。使徒達から教父、教会の堕落や、アウグスティヌスの神の都の思想、アシジのフランシスやダンテ、宗教改革からミルトンやカントほか、世界史での出来事。そして最後に日本に到来したこと、およびその堕落。そして新郎キリストの来臨を待つ万物の呻きなどを取り上げている。下編「饗宴」は、黙示録を歌い、最後の時至らんとする大いなる幻を題材としている。それぞれ第一歌に、天にある夫人への著者の思慕が歌われていて、感動的というより胸に迫るものがある。
 私は、剥き出しの感情に弱い。だから、あまり激しい感情にあうと慌てて気を逸らして、ほかの事を考えようとしてしまう。従って、ミルトンの「失楽園」(わざわざミルトンと断りを入れるのは、殆どの人が渡辺淳一の「失楽園」と取り違えるからである。)を読む際に、藤井先生のミルトン研究を参考にしたが、この代表作は敬遠してしまった。大地と踏みしめ、大気と呼吸した妻を、人生の途上で失った夫の嘆きは、夫を失った妻の嘆きとは比べものにならないようだ。そのような経験は多くの人がしているが、藤井先生の嘆きはまた度外れであった。だが、彼はそれを昇華させ、絢爛たる文章で雄大なる信仰の詩を生み出したのである。
 市川喜一先生のヨハネ伝講解を読んでいて、イエスを「世の罪を負う神の羔羊」と洗礼者が呼ぶ箇所の講解で、この作品を取り上げておられる。そこで、気を取り直して、主にミルトンの「失楽園」と較べつつ読み返している。
 感想文など、軽々に書ける作品ではない。だが、ミルトンの作品がサタンの活躍に多くを語るに対し、彼は「愛」について多くを語る。上篇第二歌、父なる神が独り子に対し「49愛は堪えない、絶対の孤独に、ひたすらなる自己充足に、我をささぐべき者の不在に。50完き永遠の愛はひとしく、まったき「我ならぬ我」をもとめる、よびかわすべき永遠の「汝」を。…73ああ汝のゆえに愛は飽き足り、また汝のゆえに愛は渇く、何をもてか汝を祝福しようと。」と語ると、子は讃美を偕にする伴侶を願う。父は「106いとうるわしき佳耦(とも)を…、汝の新婦として、体として」と人間の創造を決意されると、子は「124ああ汝の合せ給うべき佳耦、みてのわざなる聖き花嫁、わたしの愛のゆきめぐる体!」とまだ創造以前から人間に対する愛を語る。藤井先生が如何に純潔な愛の理想を抱いていたか垣間見る思いがする。
 ミルトンの「失楽園」では、失意のアダムを楽園から追い出す前に、天使ミカエルがアダムを励まして旧約からキリスト到来までの幻を見せる場面がある。だが、旧約の歴史を非常に省略しており、申し訳ないが少々退屈である。ところが、「羔羊の婚姻」はこの場面を、アブラハムのイサク奉献、燃える柴、などそれぞれのエピソードで綴っていて、それぞれが情感豊かな聖書の講解であり、胸を躍らせて読んだ。洪水で滅ぼされる人類が、我が子を諸手で水の上に差し上げようとする描写など、いままで滅ぼされる人々を哀れと描いたものを呼んだ事がないので、心に残る。
 また中篇は、アタナシウスやアウグスティヌス、ローマ教会の堕落と宗教改革、日本への信仰の渡来など、キリスト教史のエピソードが歌われ、ことに日本の現状について預言者の如く叫ぶ。ことに第33歌「118みよ、東風にむらがり翔る、蝗の如く、空を蔽うて、機の集団はたちまち顕れ、121鳴とどろくや雷のごとく、火を吐きさくや雷のごとく、復興の府を灰にしてゆく。…127審判は必ずきたるであろう、併し神の憐憫のゆえに、日本は滅びをはらぬであろう。」など、B29襲来や敗戦を預言するごときである。最後に、①天地万物の呻き、②花嫁の呻き、③聖霊の切なる呻きのマラナ・タをもって花婿キリストの到来を待ち望む歌で終わる。
 下篇「饗宴」は、黙示録の幻を用いて、いよいよ花婿の到来すべき再臨の預言を歌って居る。そして、いよいよ自分が天の花嫁と一つになるべき時を予感する。そしてこの詩の完結を待たずに、著者は天に召された。
 このような雄渾な信仰の詩が、日本に存在することに感動を覚える。ミルトンは清教徒革命の失敗の失意の中で「失楽園」を著し、「摂理」をしるべに歩む人間の運命を描いた。藤井先生は、伝道の労苦と困難、そして愛する者を失った人生の厳粛の中から、神の人間への審判と愛を身をもって体験し、伝えてる。

 現在、日本も世界も、多くの大災害や疫病に立て続けに襲われ、神の笞を味わっている。審判のラッパが、鳴り響いているのではないか。信仰を心の中の個人的なことと捉える御利益宗教とせず、正義と愛が満ちあふれる神の国を心底乞い求めつつ、「信仰を抱いて」死ぬ希望に生きねばと思う。

市川喜一先生著「対話編・永遠の命ーヨハネ福音書講解」Ⅰ&Ⅱ

 もう20年以上、家庭礼拝を続けている。神学的訓練を受けた夫が長年説教を担当してくれた。その間は、本人は準備が大変であったろうけれど、聴く立場の私や娘は気楽であった。ところが夫が天に召され、信徒にすぎない私と娘だけで礼拝を継続するとなると、大変である。まず、取り上げるテキストの講解を読み、自分なりに汲み取ったところを語らねばならない。だから、自分に合った良い講解書を探すのが最も肝心なのである。最近、マタイ伝を3年半かけて読み終え、次は思い切ってヨハネ伝にチャレンジしてみようと思いついた。

 ヨハネ伝は礼拝でも取り上げられるけれど、自分一人で聖書をよむ時にも好んで読む福音書である。ドストエフスキーの「罪と罰」で、ラスコーリニコフが娼婦ソーニャにラザロの復活箇所を読んで貰う場面など、心に残る。だれでも、ヨハネ伝の様々な箇所が自分なりに心に残り、好んで読んでいるのではないか。

 ところが、まとまった講解書を探すとなると大変であった。クリスチャンホームで育ち、ミッションスクールに通った私のような者には、簡単に「ありがたがらせる」ような初心者向け講解では、生意気だが飽き足らないのである。かといって、新約学的な研究をしたいわけでもない。原典に忠実で、語られていることを正確に伝え、かつ霊的で信仰を更新させるような講解書、しかも日本語で、となると探すのに苦労する。結局、キリスト教書販売ルートから購入したり、ある方のご好意で頂戴したりして何冊か入手した。だが、その中でも自分に向いたものを選択せねばならない。あまりに学問的な神学論文のようなものは、私には向かないのである。

 それに著者問題というものがある。ヨハネ伝の著者は、使徒ヨハネと長年誤解されてきたが、最後の晩餐の席でイエスの胸に寄りかかった愛弟子ヨハネであると教えられてきた。ところが、読み始めたNTDの註解では「ヘレニズム的教養をもつ異邦人キリスト者」と想定しており、ちょっとショックを受けてしまった。それなりに考証されているけれど、なんだか納得できずに、ネットで色々と検索してみた。

 そこで出会ったのが、「ヨハネ文書の成立」という文章である。丁寧に原典や資料に当たり、その上で分かりやすくヨハネ文書や成立事情を解き明かしている。これは、と思い検索を続けると、「天旅」というホームページに行き着いた。市川喜一先生という方が主宰で、独立伝道者として聖書研究や集会をして居られるようだ。この方の著作集中の「ヨハネ福音書講解」上下を、早速送付して戴いた。これを基本にして少しずつ勉強したいと思っている。

 まだ読み始めたばかりであるが、市川先生の註解はギリシャ語原典から独自に翻訳され、新約学研究の最新の成果も取り入れておられるのに、信徒にはつらい原語や難解な外国語などの説明は簡略にして、テキストの内容の瞑想を通し、これはとおもう箇所を解き明かしつつ要点を分かりやすく説いておられる。神学論文ではなく説教のように、信仰の養いに重点を置いておられるようだ。少し突っ込んで聖書を勉強したい私のような者には最適な註解書と思える。このような良書が、大手販売ルートどころかキリスト教書販売ルートにも乗らないというのは、なんと残念なことだろう。ネット検索でたまたま出会えなければ、存在を知ることすらできなかったのである。だが、聖書を勉強したいと思う人は少ないから、商業的販売ルートにのらないのは仕方ないかもしれない。しかし、御言葉の種は自ずから成長するという。広告宣伝を口コミに委ね、著作権も主張されず、インターネット上で閲覧自由にしてくださるのは、市川先生の伝道者らしいお考え方からであろう。

 私にふさわしい良い註解書を求め、結果、こうして豊かに与えられた恵みに感謝している。願わくばそれに応え、少しでも信仰の学びを前進させたい。また私同様、よい講解書をもとめて居られる方に、この本をおすすめしたいと思っている。