inner-castle’s blog

読書、キリスト教信仰など内面世界探検記

アイヴァンホー(2) ドラクロワ「レベッカの略奪」

 ドラクロワ展を見に行ってタイトルの絵に出会った。絵の題材はおおかた聖書かギリシャローマ神話と思いこんでいた私には、さっぱり何の絵かわからなかった。一人の獰猛な顔つきの黒人が火事場とおぼしき立派な部屋から女を拐帯して脱出する場面を描いている。女は後ろ向きで顔がわからない、背景の病人のような人は女か男かわからないし、明らかに絵の焦点はこの黒人の顔にある。

 アイヴァンホーを読み返して、合点がいった。これは、城の攻防で火をつけられた城から、敵役ブリアン・ド・ギルベールが横恋慕するユダヤの美女を拐帯し脱出する場面なのである。彼は武勇並びなき騎士であるが、武勲を捧げたレディに裏切られ、僧侶の騎士団にはいった。そして、十字軍の騎士団というものの実態は、聖地においては侵略と略奪、西欧においては王権との権力争いであることも見極めてしまった。武勇の誇りのみを支えとしてデカダンに生きる男なのである。この騎士団の長となり、王権にも勝る権力を手にすることが今のところの野望である。黒人と見えるばかりに日焼けした相貌、ノルマンの貴族出身の僧侶にしての騎士。

 身代金目当てに略奪した一行のなかの美女、ユダヤ人のレベッカを自分の取り分としてものにしようと、閉じこめた塔の一室を訪れるが、彼女は一歩でも近づけば飛び降りると城壁の飛び上がり、激しい気骨とユダヤ人の信仰、コスモポリタン的知性を見せて、彼を驚愕させる。恐ろしい運命にもおそれず、たじろがず、人間とも思えぬ威厳があった。ギルベールは自分も誇り高く気骨ある男であったから、これほどの女と美をみたことがないと思う。そこで名誉にかけ、無態なことはしないと誓って、今度は本気で口説きにかかる。

 そこで黒騎士(リチャード・プランタジネット)指揮するロビンフッド軍の城攻撃が始まり、城は火事となる。落城を覚悟したギルベールが、レベッカをさらって脱出する場面をドラクロワが描いていたのであった。背景の病人は、武術試合で重傷を負いレベッカに庇護されたアイヴァンホーである。

 身動きできないアイヴァンホーに、レベッカが城の戦いの模様を窓からのぞいて報告する場面も、非常に面白い。しかし、敵役ギルベールのレベッカへの悲恋(横恋慕だが)と、その悲劇的成り行きが物語に重厚な味わいを添え、単純な騎士道賛美となっていないところが心に残る。ドラクロワの関心もここにあったのであろう。ギルベールの表情を、迫力をもって描いたのであった。