inner-castle’s blog

読書、キリスト教信仰など内面世界探検記

蒼月海里「幻想古書店で珈琲を」

「いうまいと思えど今日の暑さかな」。猛暑さすがに応えている。

 パートの仕事を終えた帰宅の電車内で思わず居眠りがでる。何か考えさせるものではなく、煙草一服程度のうんと軽い本が読みたくなり、上記文庫本を手に取った。

 三省堂書店の店員さんが書いたとのことで、何よりよく知っている神保町界隈の喫茶店すずらん通りなどの地名がたくさんちりばめられている。中学生のころ、英語の教科書を買いにぎしぎしきしむ階段を上った2階建て木造の三省堂を思い出した。それから学生時代を経て仕事の資格試験参考書探しや今に至るまで、人生のあらゆる時に御茶ノ水駅周辺はよくうろついた。友人としゃべり込んだ喫茶店が出てくる。山の上ホテル喫茶室や「さぼうる」など。主人公達が歩き回る場所は、すべて私のよく知っている所ばかりである。読みながら、その頃の自分が思い出されてかえって悲しくなってしまった。人生真っ盛りの時は苦しかったものだ。

 中身は、就職3ヶ月後に会社が消失(社長が夜逃げ)し、失業保険のもらえずに世の中に放り出された主人公の若者が、三省堂とおぼしき書店の一角で珈琲の香り漂う木の扉をあけると、そこは世の中と縁の切れた者が誘い込まれる幻想の「古書店」であった。店主は元魔神の亜門、切れた縁をつなぐ手助けをする力を持っている。英国紳士風の美丈夫であるが、妙に優しく主人公を受け入れる。若者(司君)はここでアルバイト店員として働くことになった。そこに、また男女二人の高校生のが迷い込んでくる。行き違いから彼らの縁は切れようとしていた。彼女は恩師から贈られた大事な本をなくし、それを再度購入しようとやってきたのだ。亜門は、その本(ケストナーの「飛ぶ教室」)の中身(正義先生と友人のエピソード)を話題にして、彼女への興味から本を盗んだものの、返せないで苦しんでいた男の子の気持ちをほぐし、正直に詫びてまっすぐ自分の気持ちを伝える勇気を誘い出す。

 実に他愛もないファンタジー小説であるが、有名な小説や本を取り上げて話の筋に取り入れ、その本を読んでみようかなと思わせる、またはその本を思い出させる点が面白い。殺人も複雑な筋もなく、エロい描写や深刻なやりとりもない。喫茶店に入り、珈琲を飲みながら題材となった本や小説、そして主人公と亜門が歩く町並みを思い浮かべ、のんびりした気分になった。

 まさに、喫茶店に入って一服したような読後感。こういう本もあっていいかもと思った。