inner-castle’s blog

読書、キリスト教信仰など内面世界探検記

思い溢れて

 少女の頃、佐藤春夫の詩を愛誦した。今でも、ふと口ずさむことがある。

 身の程知らずに、近代短歌100選など試みて短歌集など眺めるうちに、ふと「思い溢れて歌わざらめや」という春夫の詩句が浮かんだ。名歌は挽歌・相聞に多くあるという。何故か、溢れる思いが歌となったからである。幼い孫に暗唱させようなど思ったので、当たり障りのない叙景歌中心に選んでいたが、真実歌となるものは「思い溢れた」心から出たものであろう。何が切実と言えば、子を喪った親の嘆き、あるいは愛する者(恋人、家族、友人)との別れの嘆き、ほか歌にして外に出さねば、自分を内から食い破りそうになる思いを歌ったものは、詠んだ人のみならずそれを読む者の心を揺り動かす力を持っている。人は皆、心の奥底でつながり合っているものだから、歌われた真情は他人をも感動させるのである。

 その意味で、芸術性がどうのといった話ではなく、真情のこもった短歌は人の心を打つ。18歳の愛娘を失ったある男性は、素人なりに短歌を詠み続けずにおれなかった。そうしなければ、心が爆発しそうな悲しみとやりきれなさに耐えられなかったのである。彼の歌で、こちらも胸が潰れる思いをした。また、愛する娘を広島の原爆症で亡くしたある牧師夫人は、信仰に生きた方であったが、短歌を作り続けることによって悲嘆のどん底の自分を支えた。その歌は発表されてはいない。だが、わが国民にとって短歌とは何であるかをこれらの人々は示している。溢れる思いを外に出す手段である。そのことによって孤立した自分ではなく、共鳴しあう人間の群れの中の存在へと自己を客観化し、悲嘆や激情の渦の外に逃れる事が出来るのである。春夫は詩集の序言で、自分の詩は例えば傷ついた獣が傷をなめるように、心の傷みを自ら慰めるために作らざるを得なかった言っている。「思い溢れて、ことば足らず」と評されている在原業平の和歌も、現代の私たちの心を打つ。

 そうであるなら、今まで胸が潰れると敬遠していた短歌も、心を打つ近代短歌と受け入れるべきではないだろうか。

(妻との死別)
 吉野秀雄「真命の極みに堪えてししむらを敢えてゆだねしわぎも子あはれ」
  〃  「これやこの一期のいのち炎立ちせよと迫りし吾妹よ吾妹」
(息子の戦死・抑留死、戦争体験)
 窪田空穂「いきどほり怒り悲しみ胸にみちみだれにみだれ息をせしめず」
        …息子の茂二郎、シベリア抑留に死すを聞きて
  〃  「思ひ出のなきがごとくも親はいる口にするをも惜しむ思ひに」
        …同十年忌に
  〃  「二十年子に後れたる逆しまの長き嘆きも終わりなむとす」
        …同二十年祭に。
 釈迢空「愚痴蒙昧の民として 我を哭かしめよ。 あまりに惨(むご)く 死にしわが子ぞ」
        …養子、春洋(歌人硫黄島で玉砕。
 …こうした嘆きは、命の限り消えないであろう。幾万の親が同じ嘆きを抱いて生きた。
 宮 柊二「ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづおれて伏す」
  〃  「俯伏して塹に果てしは衣に誌しいづれ西安洛陽の兵」
        …従軍するとは、このような生々しい体験であった。

 ほか、現代の私たちには戦争の影が色濃く残っている。アウシュヴィッツだけではない。まだ口に出すことも出来ない重い体験がある。広島・長崎の原爆体験、水俣病、そして福島の原発事故ほか。
 こうした決して忘れることの出来ない事を、人間の体験として伝える役割も短歌は担っているのではないか。


 最近、福島支援の旅を八年間続けてきた人から歌をもらった。
  「人類と核の共存は不可能と フクシマ支援の旅に知らさる」
奉仕の体験から実感した思いが溢れた歌である。それを読んで、体験しない私まで同じ思いを共有することができた。
  人類と核の共存は不可能と 心底知らさる真心の歌