inner-castle’s blog

読書、キリスト教信仰など内面世界探検記

墨香銅臭著「魔道祖師」


 表題の作品は、現代中国のBL(Boys' Love=男の同性愛)小説である。硬い本ばかりでは疲れるので、漫画や娯楽小説を漁っていて偶然手に入れた。異世界で魔力を手に入れ魔物と戦うといったワンパターンの漫画やライトノベルズに飽きていたので、全4巻のうち、まず第1巻のみ買い、試し読みした。ところが、三国志ばりの息もつかせぬ面白さで、直ちに続く3巻を購入し、一気読みしてしまった。ただし、第4巻は露骨な男性同士のセックス描写があり、読むのが恥ずかしかった。これではとてもお勧めできる作品ではないが、漫画や実写ドラマにもなっていて、それらではブロマンス(男の友情物語)に置き換えられているとの事である。
 だが、少年期における同性愛を取り上げた小説は多々あり(三島由紀夫仮面の告白」や福永武彦「草の花」など)、私自身としては余り抵抗感はない。現在は男女の社会的役割分担が消え去りつつあり、また身分制度といった恋愛において乗り越えるべき障害も少ないので恋愛小説が成立しにくい。いまだに残るゲイへの抵抗感が、恋愛の障害として取り上げ易い題材なのではないだろうか。
 舞台は古代中国を思わせる世界であり、諸侯が仙力(=仙術の力)をもって各地を治め、民生を脅かす邪祟(たたり)妖怪との戦いを行っている。諸侯のうち最も強大な勢力をもつ温家が「仙督」として諸侯を束ねる役割を果たしている。諸侯はそれぞれ宗家として特色ある仙術を持ち、血族のほか外弟子を加えた一門を形成している。ほか、領地を持たない個人や小グループが、遍歴しつつ邪祟妖怪と戦っている。仙力を持った者を仙師いい、男女の区別はない。 
  仙力という実力のほかに、君子としての教養を身につけねるのが一流の仙師の資格とされていた。中でも籃家の学寮は、そのエリート教育の場として有名であり、諸侯は子息達をこぞってその座学に参加させ、諸侯若公子達の交流の場となっていた。江南の江家から参加した宗主の一人息子「江澄」と一番弟子「魏嬰」は、そこで学監を務める籃家の第二公子「籃湛」と出会った。同世代でありながら、優秀・真面目を絵に描いたような寡黙な少年である。活発で同輩達の人気者である魏嬰は、自分と正反対の籃湛に反発すると同時に彼の美貌と一途な性格に惹かれるものがあった。
 授業で祟を鎮める方策を問われた魏嬰は、まず済度を試みた上で仙力を用いて鎮圧するという正攻法だけではなく、反対方向の怨念を対抗させて鎮圧する方法もあり得るという回答をして講師の怒りをかう。怨念や祟りと戦うべき仙師が、それら悪しき力を利用するのは邪道だからである。仙師として輝かしい将来を約束されている魏嬰は、勿論そんな道をとる気はなかった。講師に対する反発といたずら心からの発言である。罰として1ヶ月間、毎日写経を命じられた彼は、監督して写経を見張っていた籃湛が読んでいた本を、春画集にすり替えるいたずらをして籃湛に激怒される。こうして「くそ真面目ちゃん」をからかい、なんとかして彼を友人仲間に引き入れようとするのが座学での彼の楽しみであった。一方、籃湛は反発しつつ彼に惹かれてゆく。孤独で他人との交流を持たなかった彼が、始めて他の人間に関心を持ち、惹かれたのである。自分の思いを告げられない初恋のように、魏嬰への想いは高まっていくばかりであった。
 座学終了の約一年後、「仙督」温家の諸侯に対する圧迫が激しくなり、実戦力を高めるため諸侯の公子達が温家に集うよう命令があった。逆らえば焼き討ちされた例もあるため、やむなく従うほかなかった。集められた公子達は武器を取り上げられ、ある洞穴に導かれた。妖獣退治の前衛とするためである。ある女仙師が囮にされそうになり、逃げ回る彼女をかばおうとした金家公子や籃湛まで殺されそうになる。耐えきれなくなった魏嬰は温家御曹司を人質としてその場を制圧する。だが、そこに屠戮玄武という妖獣が出現した。温家一行は公子達を洞穴に閉じ込めて脱走。公子達もなんとか脱走して実家に戻ることができた。だが、これをきっかけに江家は温家から襲撃され、宗主・夫人はじめ一門皆殺しにされる。生き延びたのは一人息子江澄と魏嬰、居合わせなかった江澄の姉だけであった。しかも、江澄は仙力の源である「金丹」を破壊されてしまい、復讐と江家再興の望みも絶たれてしまった。絶望する江澄に、魏嬰は金丹を回復する力を持つ大仙に面会するツテがあると言う。亡き母がその大仙の愛弟子だったからである。自分に成り代わり、その大仙に金丹回復を懇願せよという。目隠しされて面会を果たした江澄は金丹を回復し、以前にも増して仙力を発揮できるようになった。だが、魏嬰は行方不明となってしまう。
 江家滅亡の報に、諸侯も他人事とは思えず一致連合して温家討伐の「射日の戦」を起こした。再興まもない江家もこれに加わる。だが、強大な温家軍団のまえに諸侯軍の敗戦は目前にせまった。その時、屍を操るという邪道をもって突然魏嬰が戻ってきた。邪道といえども無尽蔵の怨念や屍を操る彼の力により、温家は滅亡。諸侯連合は大勝利をおさめる事ができた。
 魏嬰の力により仙師達はこぞって江家に集い、江家は領土だけでなく以前の勢力を取り戻すことができた。得意の絶頂にある魏嬰の前に、あるみすぼらしい女が面会に現れる。彼女は温家傍系の医者であったが、その弟が魏嬰の友人であったという縁で、江家滅亡の際に江澄・魏嬰を匿い脱出させたことがあった。彼女の弟が温氏残党として処刑されようとしており、彼の命乞いに訪れたのである。これを聞くや、魏嬰は諸侯の意向に逆らって直ちに彼の救出に向かう。囚われていた温氏残党は老人・子供が中心であり、魏嬰は彼らを奪取して人気のない土地に匿い、立てこもった。彼ら自身は何の勢力でもなかったが、魏嬰一人の力が諸侯の脅威となる可能性が明白になった。諸侯は、江澄と魏嬰の対立を画策。江澄は温氏残党をかばう魏嬰を一門から追放した。
 しかし江澄の姉は、一緒に育った情から初子出産の祝いに魏嬰個人を招待した。これを聞きつけた一部諸侯が道中の彼を襲撃した。魏嬰は屍を操りこれに対抗。そして事態を収拾するために駆けつけた義兄(姉の夫)金家公子まで、巻き込まれて落命させるという事態を引き起こしてしまった。これが諸侯に魏嬰討伐の口実となり、彼が原因となって両親と義兄を失った江澄も激怒して討伐に加わる。魏嬰の義侠心は、匿った温氏残党と自分自身を滅ぼす結果となったのである。
  籃湛はなんとかして彼を救い出そうとしたが、一門から激しい制裁を受け閉じ込められてしまう。そして、操っていた屍の暴走により魏嬰が落命したという知らせを聞く。彼は魏嬰が自分にとって唯一人の愛する者であったことを自覚し苦悩する。
 それから16年が経過し籃湛は仙師中に高名をとどろかす名士となった。だが、彼は愛する者を失った苦痛と怒りの中に生きていたのである。
  ところが、死んだ魏嬰がある邪法により他人の身体に復活させられるという事件が起こった。魏嬰を「魔道祖師」と認める若者が、自分の身体に彼を復活させ、自分に代わって復讐を果たさせるためである。強制的に復活させられた魏嬰は、再び諸侯の勢力争いに巻き込まれていく。そして、籃湛に再会する。また、江澄が金丹を回復できたのは実は魏嬰の隠れた献身によることや、邪法を修得したやむを得ない事情も明らかになる。登場人物の野心と愛憎が入り混じるストーリーも面白いが込み入っているので省略する。
 魏嬰は当初、籃湛が他人の姿の自分の正体を知らないと思い込んでいた。だが、実は出会った直後に見抜かれていたのである。籃湛は彼を保護し、彼が託された復讐を手伝い、どうしても彼から離れようとしない。数々の事件を共に解決しつつ、魏嬰は籃湛が前世から一途に彼を愛していたことに気づく。もはや仙師としての野心もなく、身内からも破門された孤独な身の上である。ただ、籃湛と共に生涯を過ごしたいと願うばかりであった。その後の、幸福な結婚生活?も描かれていてハッピーエンドである。エロい描写には困ったが、波瀾万丈の事件の数々のほか、孤独な少年籃湛が恋に落ちていく過程が何とも面白く、楽しめる作品であった。