inner-castle’s blog

読書、キリスト教信仰など内面世界探検記

天官賜福、《あなたは無限の風景です》

 以前、この作家の「魔道祖師」を3回に渉って取り上げてしまった。元はといえば、テレビで「天官賜福」というアニメをみてすっかりはまってしまい、原作小説を書いたこの作家が記憶に残っていたからである。「魔道祖師」もすごく面白かったが、最後の露骨なセックス描写には、ちょっと戸惑ってしまった。そんなあけすけでいいの?
 「天官賜福」のアニメも映像的に非常に優れており、今さらながら中国アニメの水準の高さに驚かされた。登場人物も、近頃の目ばかり大きいアニメの人物達よりも実写に近く、自然である。また背景が非常に美しい。中国の美術伝統の深さと現在の物質的豊かさを感じさせた。だが、アニメは原作のホンのはじめ部分で終わってしまい、続きが待ち遠しい。原作の日本語訳はまだ出版されていない。今年中には出版されるとのことであるが、待ちきれずに中国語原文をグーグル翻訳など所謂「魔翻訳」を利用してまで読んだりしている。
 BLつまりゲイ小説や漫画が女性に受けていることは、なんとなく分かる気がする。現代女性は大体が昔のように厳しい差別を受けていない。男と同じ学校教育を受け、職場でも同じ仕事をしている。家庭内では、まだ家事や育児の負担が大きいが、少しずつ解消されつつある。従って、男を見る目も、対等になってきた。また、自分の情欲も男並みに積極的に表現するようになっている。これに対し、男性は相変わらず女性を自分の情欲の対象として見る傾向が強く、女=自分のもの=自分の支配下のものと考えがちである。冗談ではない、学校でも職場でも男性と同じく必死に競争しながら頑張っているのである。ガールフレンドや連れ合いを、対等の人間として扱って欲しい。だから、せめて小説や漫画の中で男同士、つまり対等の者同士の恋愛を空想したいのではないか。
 現実には、ゲイであることは厳しいし、以上のような単純な理由で同性愛に陥ることもないであろう。だが、BL恋愛小説は対等の人間同士の恋愛という現代的な要求に叶っているのである。
 さて、墨香銅臭の恋愛描写はとても細やかでBL要素抜きでも魅力的である。例えば「天官賜福」の主人公「謝怜」は、親しくなった鬼界の王者「花城」に密かに惹かれている。だが、彼が自分を深く恋慕っていることはまだ知らない。ただ、彼には幼い頃から憧れている金枝玉葉(貴人)の恋人がおり、まだ告白できないでいると聞いている。 
   謝怜はある機会に「大工仕事にも料理にも、何をやらせてもあなたほど優れた人はいない」と花城を褒め、思わず「あの金枝玉葉の人は、何世代にもわたる福縁があるのだね」といってしまう。

 花城は、「その人に出会ったことこそ、私自身の何世代にもわたる福縁です」と応える。そして自分が最も惨めだった時の姿を、その人は知っていると言う。
 謝怜、「それは羨ましい。私はあなたが大好きだから言うんだけど、あなたは無限の風景です。(寒風吹きすさぶ時も、花の咲き乱れる時も、)いつもあなたを眺めていたい。肝心なのは《あなた自身》で、あなたが《どんな状態にあるか》ではない。だから私は、一番辛い時のあなたを知っているその人が羨ましい。求めて得られる縁ではなく、ただ与えられる縁だ」という。
 まだロチェスターに愛されていることを知らないジェーン・エアが、思わず漏らした愛の告白のように、心に残る美しい表現に思えた。