inner-castle’s blog

読書、キリスト教信仰など内面世界探検記

「怒るべきもの」への怒り

怒るべきものを怒れといにしへの金剛力士像ひとつ立つ」      窪田章一郎

 ヘヴィメタチャーチに参加後、上記の歌がしきりに思い出される。無論、古寺の金剛力士像のイメージではなく、上の句の「怒るべきものを怒れと…」との歌い出しである。
 「怒るべきものを怒る」ことは、生きるエネルギーである。ヘヴィメタに共感しえたのも、轟音や絶叫に怒りのエネルギーを感じたからであろう。病に、不慮の死に、戦争に、貧富の差に、弱肉強食の社会に、何よりも充分生きたとも思えないうちに世を去らねばならない事に、誰が憤りと怒りを感じずにおれようか。誰に訴えようもないこの鬱屈した「怒り」をロックミュージックが表現しているように思えた。
 窪田章一郎の父、空穂は、終戦一年を経ても、中国戦線で生死不明の子に
  「親といへば我ひとりなり茂二郎生きをるわれを悲しませ居よ」と詠み
彼がソ連抑留で還らぬ人となった事を知って
 「いきどほり怒り悲しみ胸にみちみだれにみだれ息をせしめず」と詠んでいる。
 息子を愛することは、そのまま彼の消息が知れない事を「悲しむ」生きる事であり、遺骨さえ戻らぬその死を知って息ができない程「いきどほり怒り悲しみ」に胸が詰まる。そうした事が全て、空穂の絶叫のように激しく心打つ歌になっている。
 ヘヴィメタ礼拝の締めくくりは、「イエスの唱えた愛と平和!」みたいになっていたが、安易に過ぎないか?イエスは「愛や平和の教え」を唱道したのではない。黙示録の龍と獣に象徴された「神に逆らう勢力(罪と死)」に戦いを挑み、(十字架上で)勝利されたのである。歴史的に確定されている「ポンテオ・ピラトの下で苦しみ=死」、三日後に死に打ち勝って「復活」し、数名の弟子達に顕現された。だから福音は、何らかの「教え」の唱道ではない。イエスの十字架上の死は、昔洪水で人類を絶滅させたような人間の罪(反逆)への「神の怒り=罰」の執行であり、霊的勢力としての罪を消滅させた「神の救い」の実現成就という出来事(事件)である。
 黙示録の幻は恐ろしい。殉教者の魂は「血の報復」を求め、地上には「神の正しい裁き」を求める絶叫が充ち、激しい災害が次々起きる。そして最後に、天の大群が「ハレルヤ。救いと栄光と力とは、わたしたちの神のもの。その裁きは真実で正しい」と唱えて、神の審判が締めくくられる。
 幻として示されているが、「神の正しい裁き」は「イエスの出来事=十字架と復活」によって実現しているのであり、それに従って「怒るべきものを怒り」、「死に至るまで」イエス・キリストに「忠実な者」たれ、と黙示録は語っている。
 安易に人間的な「ラブ&ピース」を唱えるだけでなく、社会的不正義など「怒るべきものを怒る」誠実さが肝心である。しかし、正しいと信じた事を追求しようとし、それさえ自らの愚かさと過ちや弱さに妨げられ、挫折しつつ、なお頭を上げて追い求めていく。それが誠実に生きようとする人間の歩む道であろう。そうした人間の孤独感が次の歌の「黒豹」に詠まれているように思う。

森くらく絡まる網を逃れのがれ ひとつまぼろしの吾の黒豹」 近藤芳美

ヘヴィメタルチャーチでの礼拝

 2026年6月6日、つまり「6」が三つ重なる「666=黙示録13章の海からの獣の数字」の日に、娘夫妻に誘われ、池袋の教会で行われた「ヘヴィメタルチャーチ」礼拝に参加した。普段は、どクラシック・ファンの私が是非参加したいというので、娘婿は慣れないだろう轟音を心配して耳栓まで用意してくれた。だが、耳栓は不要で、普段の取り澄ました礼拝とは大分違う、反体制的なロックの雰囲気の中、絶叫のような音楽や黙示録からの説教が相まって大変感動し、また考えさせられた。良い経験であった。
 大分昔になるが、「ジーザス・クライスト、スーパースター」という映画を観て、ロック・ミュージックと福音のメッセージは、結構相性が良いと思っていた。歌うというより、悲鳴のようなシャウト(叫び)が神への求めの切実さを、より表現しているように思えた。イエスのゲッセマネの祈りを、両手を天に向けて叫び、立ち上がる姿で描いたエッチング(デューラー?)に感動した記憶もある。
 礼拝の最初にまず、荻野メタルヘッド倫夫牧師が、クリスチャンメタルは、現代の教会讃美歌に欠落している「哀歌=嘆きの詩篇」に相当すると語っておられた。まったくその通りである。詩篇には、まず神に訴えかけ不平を零し、愚痴って泣き叫ぶような言葉で始まる詩が多い。そしてそれらは、不思議な事に必ず、最後は神への信頼と讃美で終わる。(「なやみの日にわれをよべ、我なんぢをたすけん。しかしてなんぢ我をあがむべし」詩50:15)。 詩の出だしの、やむにやまれず噴出し爆発するような神への叫び、不平不満の部分が現在の教会讃美歌に見当たらないというのであろう。いったん落ち着いて自省すれば、現在陥っている苦境は、自分自身に由来するとわかるのだけれど、そうした反省の前にまず、苦しみや悩みを叫び出さずにおれない。その相手は、当然、神以外にない。「前より後ろより我を囲み」我=自分を悉く知っておられる神だから、「何でどうして、こうなんだ!」と彼に向かって叫ぶのである。神との静かな語らい以前に、まず彼に向かって叫ぶ、それが神との密接な交わりの端緒であろう。転んだ幼児が起き上がってまず母親に駆け寄って泣き出すように、まず神に向かって訴え叫ぶことが命じられている。その上で援助と慰めを得て始めて信頼と讃美にいたる。
 続いて日本のロックバンド「Imari Tones」の演奏があり、次にクリスチャンではないが社会性の強いメッセージのある楽曲をRastein氏が演奏してくれた。その後、山﨑ランサム牧師が「獣の数字(666)」について解説と説教があり、「666」は「皇帝ネロ」を表現しており、「神なき世俗的権力=ローマ支配」を象徴していること、それは政治だけでなく経済や文化・宗教にまで支配を及ぼすが、完全数「7」に一つ足らない、つまりその支配と権力は限界を持っている事が示されている、と解説された。それに対し黙示録14章には、シオンの丘に立つ「羔羊=キリスト」が示され、弱さの象徴のような彼が「忠実で信実な者」として、「義によって裁き、また戦う方である」ことがあきらかになる。「世俗的力」ではなく、「キリストが明らかにした平和の福音」が勝利することが黙示録に証言されている、と説教を閉じられた。現在、トランプのアメリカが法と正義を無視して世界に君臨しようとしていることや、かつてナチスが神の座を占めようとしたことなど、思い浮かべた。最後に、ブラジルのクリスチャンデスメタルバンド「Antidemon」が演奏して礼拝が閉じられた。私は、日本の鏡獅子のように髪を前後に振り動かすパフォーマンスなどは、あまり好きでなかったが、彼らが「自分達のアジア各国への演奏旅行は、神を讃美し福音に奉仕するための活動であり、生き甲斐である」と語ったことに感動した。詩篇に「わたしの讃美は、あなた(神)から来るのです」とある。音楽表現の源泉が、汲めども尽きない神の働きを讃美することからくるのならば、それは既に永遠の生命における「神の為に生きる」生活そのものではないか。「Antidemon」もやがて老い、この世での活動を終わらせる日は来るであろう。だが、「神の為に生きる」生活は生死を超えて続いていく。
 ヘブル書に「激しい叫びと涙との故に」イエスの祈りが聞き届けられたとある。メタルバンドの「シャウト」が表現するように、自分や現実の社会について怒り憤り「激しい叫びと涙」をもって絶えず神に叫ぶ、熱烈な祈りが、地にある教会には不可欠である。クリスチャンメタルは、その一端を担い表現しているのだろう。「平安、平安」と説く宗教家達に預言者が対峙したように、ロックバンドも「平安穏健」現状肯定体制に対峙せよ!そして私達一般のキリスト者も、キリストが十字架で討ち滅ぼしてくださった「古き人=肉」への怒りと拒否(戦い)を、決して忘れてはならないことを改めて思い起こした。
 ヘヴィメタルチャーチでの礼拝で、思いがけないほど感動し興奮し、「恵まれた」気持ちで帰路についた。

バルメン宣言を読み終えて

 永年、家庭礼拝を続けている。福音書やパウロ書簡など新約聖書文書を、冒頭から終りまで講解書を参考に読んでいく形で続けてきた。だが、ボンフェッファー映画を観たきっかけで、ナチス全体主義に抵抗したドイツ教会闘争の歴史に触れ、そこから生み出された「バルメン宣言」をテキストに取り上げてみた。第二次大戦中のキリスト者の信仰告白の戦いから学ぼうという訳である。聖書のテキスト箇所が何を語ろうとしているかを聴き取ることで説教を作ってきた私としては、宣言当時のドイツ教会の置かれた状況や、ニーメラー牧師らが立ち上がるきっかけとなった政府からの教会への圧迫などを勉強せねばならず、しかも教会政治上の問題だけでなく神学的問題まで関わってくるので、毎回悪戦苦闘して準備しなければならなかった。
 一応、ドイツ教会闘争の研究書や信徒向けの宣言の解説書を読んだ。殆どが、戦時中の日本のキリスト教の在り方を反省し、教会が社会(世)に対してどのように関わるべきかをドイツ教会闘争の挫折や成果から学ぼうとしていた。それはその通りだが、私自身は一介の平信徒に過ぎないから、教職にある方々程は教会への責任を感じてはいない。だが個人のキリスト者としても、自分の生の全領域で「神の唯一の御言葉」であるイエス・キリストに真剣に聴従すべき事を、改めて深く考えさせられた。
 まず死生観である。宣言第一項は、イエス・キリストを「生と死において信頼し服従すべき神の唯一の御言葉」として、それ以外の真理をも神の啓示とするいわゆる「自然神学」を排している。ドイツ教会闘争の最初の殉教者パウル・シュナイダー牧師は、職を奪われ幼子を残して殺される前に「しかし神の言葉は繋がれたるにあらず」と語った。ボンフェッファーも刑場に赴く前に「これが私の終りです。そして新しい命の開始です」と語った。彼らの肉にある人生は、ポンテオ・ピラトの下で十字架に死んだイエスの後に従うことであり、復活者イエスの生命に与る期待である。死の状態はわからないから、肉にある生において、復活によって啓示された(死を超越した)永遠の生命を確信し、「神の唯一の御言葉=イエス・キリスト」に聴従して生きると言う事であろう。肉にあって幸せな充実した人生を追求するのではなく、主に従って十字架を負うことが、死を超越した生命を期待することであった。「永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります」ヨハネ17:3。信仰とは、この肉にある生での幸いな生活が目的ではなく、永遠の神の信実への応答であることを改めて考えさせられた。
 第二項でイエス・キリスト(福音)は罪の赦しと同時に「全生活にたいする神の力ある要求」でもあるとして、社会的政治的領域をナチズムに明け渡す事を拒んでいる。これは、ルター派の二つの王国論など、伝統的な霊肉二元論への反省である。私の経験でも、政治や社会問題には、信仰は無関係とか、出る幕が違うとか云う論議があった。たしかに具体的な情勢分析に信仰は無関係かも知れない。だが、政治や社会が向かうべき方向は、「神の国」でなくてはならない。その他の社会活動や革命理論の方向は、人類や民族その他の抽象的存在に、現実に生きる個人や人間が埋没する空虚な神話でしかない。過ぎゆく人生や社会にあっても、人間を大切にする足が地に着いた「神の戒めと義」を具体的な社会や文化面で追求すべきであろう。
 第三・四項は、教会の在り方と秩序についてであるが、福音を「証し」し、それによって世に「仕える=奉仕する」使命を逸脱し、「その時々に支配的な世界観的確信や政治的確信(ナチスの全体主義や大東亜共栄圏という理想など)」に仕えてはいけない、と言っている。「大東亜共栄圏」に翼賛し、「基督教立教の本義」を「臣道を実践し、皇国に奉ずること」としてしまった戦時中の日本の教会には、誠に耳の痛い言葉である。それに対する反省もなく、戦後のキリスト教ブームに乗って教勢拡大をしても「福音を正しく宣べ伝える」(教団信仰告白)ことにはならない。戦後生まれの私達も、福音を伝えてくれた自分の先輩達の罪過を共に担い、真剣に悔改めていくべきであろう。
 第五項は、国家権力を地上の秩序維持「法と平和」の制限された範囲で認め、「暴力の威嚇と行使」もその手段として認めた上で、神の国との対比においてその相対性・暫時性を明らかにしている。その課題を逸脱したら、教会はそれを戒め「いまだ救われないこの世」に、その時点で語られるべき具体的な「神の戒めと義」を告知する預言者的任務がある。それによって「統治者と被治者との責任を想起せしめ」ねばならない。つまり、信仰者・教会は「世に遣されて」、世に責任を負っているのだから、政治・社会に無関心な出家遁世の人物や団体になってはならないと言う事である。
 近頃はキリスト教会も決して社会に無関心ではなく、積極的に政治的発言や行動もするようになってきた。しかし、人間的な運動や働きは挫折するものである。ドイツ教会闘争も挫折した。運動や行動の成果がどのようであっても、信仰者・教会は「御言葉の力」に信頼し「絶えず望みを抱いて喜ぶ」。
 「バルメン宣言」の学びを通し、改めて「生においても死においても」主に信頼して従って行くべき事、および平信徒といえども神学すべき必要を思い知らされた。

挽歌二首

男が初恋の女への挽歌

但馬皇女が亡くなったときに、穂積皇子が、雪の降る冬の日に皇女のお墓をはるかに望み、悲傷流涕(悲しみに涙を流)して作られた歌
 「降る雪はあはにな降りそ 吉隠の猪養の岡の寒からまくに
  …(あの人のお墓に)降る雪は淡く降れよ墓地のある「猪養の岡」は寒いだろうから

但馬皇女は高市皇子の後宮にいたが、穂積皇子と愛しあうようになり、
秋の田の穂向きの寄れる片寄りに 君に寄りなな言痛くありとも
  …稲穂が同じ向きに垂れるように、あなたに寄りそっていたい。どう非難されようとも。と彼を偲んで歌を作り、また密かに彼に会いに行き、それが露見して
人言を繁み言痛み おのが世にいまだ渡らぬ朝川わたる
  …人からの非難を防ごうと人目を避けて、生まれて始めて早朝の川をわたりました。
とも詠んだが、結局、別居させられて孤独のうちになくなった。
 一方、穂積皇子はその後それなりに出世もし、また艶福家とも知られるようになった。だが、初恋の人の墓を遠望し、思わず「悲傷流涕」した点が心に残る。

同じようなシチュエーションで、伊勢物語の業平の場合
「世人にはまさり」また「かたちよりも心なむまさりたる」西の京の女に、
起きもせず寝もせで夜を明かしては 春のものとてながめくらしつ」。

彼女が宮中に上がっても、その局に押しかけ、しかたなく実家に戻ればそこへ通う有様だった。自分でもこの情熱を冷ましたくお祓いをして貰ったが「恋せじと御手洗河にせしみそぎ 神はうけずもなりにけるかな」という結果になる。あげく、男は宮中から追われ、女は蔵に押し込められる罰をうける。しかし、男は逢えないまでも女に心を伝えたく夜ごとに宮の近くに来ては笛を吹く。女は返答したくとも閉じ込められている。「さりともと思うらむこそかなしけれ あるにもあらぬ身を知らずして」(それでも逢えるかと思っているらしいのが悲しい、私が生きているとも言えない身の上であるのも知らないで)となげいた。
 こうして別れた仲であったが、女が文徳天皇の女御として崩じた時、捧げ物が山のようになっているのを、かつての男が、「目は違いながら」(目を泣きはらしてと解した)「山はみな移りて今日にあうことは 春の別れ(青春の別れ)をとふとなるべし」と詠んでいる。

穂積皇子も業平も、初恋の後も、色恋にも政治的権勢にもお盛んな男達である。しかし、自分への想いを胸に秘めて孤独に生きた初恋の人の生涯を思って、泣かずにいられなかった処が、忘れがたい。 

寡婦の気持ち

 先日、亡夫の友人から大学時代の同窓会を兼ねて記念会(偲ぶ会)を催さないか、とお声がけがあった。彼への友情のなんとありがたい事。当初、そんな集いがもしできればと喜んだ。しかしよく考えると、青春の思い出を共有する方々の中で、私が思い出すのは、主に彼と苦労を共にした事ばかりのような気がした。それに何より、もはや彼の妻として振る舞いたくない自分に気がついた。そんな訳で、せっかくのご好意のお申し出であったが、思い切ってお断りした。 勿論、私は夫を愛していたし、彼には私なりに実を尽くしたと思う。だが、子供はとっくに独立し、夫亡き後は気楽な一人暮らしをこれ程長く続けていると、もはや家族内の立場(妻、母、祖母)を失い、独立した個人になりきっている。親世代はとっくに見送ったし、子供や兄弟もそれぞれ別所帯で、お互いあまり責任のない間柄になっている。退職後は職場での立場もないから、ほとんど全くの孤独な個人となっている。
 聖書に、夫が死ねば妻は夫との関係から解放され自由になる(だから、別の人との結婚も可だし、独身のままでも良い)とある。また、兄弟達と次々に結婚した女は、復活後は誰の妻になるのか、との質問に、イエスは神の国では娶ったり嫁いだりすることはないとお答えになられた。(この部分、生前の間柄は死後も続くと「羔羊の婚姻」を書いた藤井先生はどうお考えになるのだろう?)つまり、死後神の前に立つ時には、生前の立場が何であったかもなく、ただ孤独な一人の人間となる。だから、老人となり世を去る迄の短い間は、社会での色々の立場から離れ、神の前に一人の罪人に過ぎない自分に気づく時であろう。果たしてきた事、望んでも叶わなかった事、色々な夢や目標を追って人生を過ごし、結局は神の御手の中にあることに気づいて感謝すべき時なのであろう。
 老いの怠惰には警戒しなければならないが、聖書に慰められつつ、現在はただあるがままに静かに暮らしたい気持ちである。
 「山かげの岩間をつたふ苔水の、かすかに我はすみわたるかも」良寛

バルメン宣言第二項とバッハのSDG(ただ神にのみ栄光あれ)のサイン

 しばらくブログを更新しなかったら、身近な人から体調でも悪いんじゃないかと心配をおかけしてしまった。ごめんなさい、でも心配して下さってありがとう!!
 実はボンフェッファー映画を観て以来、ドイツ教会闘争をもう一度振り返ろうと思い、関係する本を読みふけっている最中で、なかなかまとまった感想等が思い浮かばなかったのである。
 さっそく自宅での家庭礼拝で「バルメン宣言」を取り上げ、少しずつ読んで行くことにした。現在序文を終え、第一項の説教レジメも作成済みだが、何しろ宣言が触れている問題が大きく、政治的なだけでなく信仰的にも文化的な面でも啓発される事が多くて、とりあえず一読する以上の事はなかなかできない。ナチスの民族主義やドイツ的キリスト教との対決という面からだけ読むとしたら、現在既に解消している過去の問題を繰り返すだけになる。そして日本のキリスト者としても、戦時下に犯した政治的・神学的過ちについて教団はじめ各種の「罪責告白」や戦争反省文書が出されており、不充分ながらも「世に派遣された教団」としての意識も形成されて来ていると思う。
 以上を踏まえて、宣言第二項を私の集会でどう取り上げるか、説教準備に苦心している。「イエス・キリストは、われわれのすべての罪の赦しについての神の慰めであるのと同様に、またそれと同じ厳粛さをもって、彼は、われわれの全生活にたいする神の力ある要求でもある。彼によってわれわれは、この世の神なき束縛から脱して、彼の被造物に対する自由な感謝にみちた奉仕へと赴く喜ばしい解放を与えられる」との定立命題を受け、「われわれがイエス・キリストのものではなく他の主のものであるような、われわれの生の領域があるとか、われわれがイエス・キリストによる義認と聖化を必要としないような領域があるとかいう誤った教えを、われわれは退ける」という拒否命題が続くが、これを単に、信仰は内面的精神的な個人の魂に関わるだけでなく、政治的・社会的な隣人愛という水平面の正義と公平の観点での「神の力ある要求」を受け入れる事、と捉えるだけでいいのだろうか。確かに私たちは個人としてだけでなく、一市民として社会に責任を負っている。この前の選挙で、自民党が圧勝した有様から、ナチスが選挙に圧勝した事を想起し、思わずぞっとした。戦争や人種差別を克服し、平和と人権擁護を確立する勢力を伸ばさねばと思う。ただ、それだけではあまり心に響かない。
 政治的・社会的なこの世の在り方(生の領域)においても、イエス・キリストは確かに「神の力ある要求」であり給う。しかし私は、ただ政治的社会的人間である以上に、個人として読書を通し人間性の様々な文化を喜び、また絵画や音楽の芸術の与える感動を楽しみ、そして家族や友人・知人との情愛を享受している。むしろ、そっちの方が生き甲斐なのである。また、私には縁遠いが、科学技術という知的な仕事に生き甲斐を感じ、生き生きと活躍している男性に出会ったこともある。本音を言えば、実はそうした、社会的というよりむしろ個人的な事柄(生の領域)に、生き甲斐や喜びを感じる人は多いのではないだろうか。
 そこで思い出されるのが、J.S.バッハの事である。彼は、ほとんどの作曲の自筆譜の最後に「SDG」とサインした。これは、ソリ・デオ・グロリア(ラテン語: Soli Deo gloria、ただ神にのみ栄光あれの意味)である。そして冒頭にはJ.J.(Jesu Juva:イエスよ、助け給え)と記した。彼の特別な才能(賜物)であり、生き甲斐であった音楽の分野(生の領域)において、「この世の神なき束縛から脱して、彼の被造物に対する自由な感謝にみちた奉仕へと赴く喜ばしい解放を」与えられ、それを実践してイエス・キリストへの信仰を証ししたのであろう。
 彼の音楽は、決して暗くない。どんな厳しい状態を表現する時にも、主イエス・キリストにある勝利と慰めを確信している。だから、彼の音楽を聴いて憂鬱な気持ちに陥る事はなく、いつでも励まされる。誰でも、彼のように大きな「被造物に対する…奉仕」を為し得る賜物や能力が与えられているわけではない。だが、与えられた場所で、与えられた能力をフルに用いて、政治的・社会的のみならず文化的な面や家庭内でも「彼の被造物に対する自由な感謝にみちた奉仕」をなすべく、主に命じられ励まされていることを思う。
 宣言第二項の奨励では、勿論神学的・政治的および社会的な事柄における「服従」を取り上げねばならないが、自分が生き甲斐を感じる「生の領域」にても、イエス・キリストの主権を証すべき事を語りたいと思っている。

キリスト者と市民運動

 昨年11月にボンフェッファー映画を観て以来、キリスト者としてというよりも一市民として、戦争に反対し平和と民主主義・人権擁護の立場から「ドイツ教会闘争」に改めて関心を持ち、関係する本などを読みふけってきた。ナチス政権に、国内の団体としては唯一、組織的抵抗を為し得たのが「ドイツ福音主義的告白教会」のいわゆる「ドイツ教会闘争」だったからである。同じ大戦下の日本では、戦争に反対した共産党は投獄されて壊滅状態であり、政権に屈服しなかった団体は存在しえなかったと思う。
 しかし「ドイツ教会闘争」は、国家権力に対する抵抗ではあったが、どちらかというと(プロテスタント的)福音の真理を巡る神学的闘争という面が強く打ち出され、弾圧される弱者やユダヤ人などの人権擁護の為の戦いという面は弱いように見える。実際、ユダヤ人問題について戦後の「罪責告白」においてさえ、殆ど言及が為されていない。現実には、告白教会の人々らによってユダヤ人救出行動は行われていた。だが「告白教会」自体として取り組んだとは言いかねるのではないか。
 勿論私は熱心な?クリスチャンだから、信仰の問題としても戦争反対・平和と民主主義や人権擁護の立場にあり続けたいと願っている。とはいえ、「ドイツ教会闘争」や「バルメン宣言」等を学びつつも、信仰的・神学的認識を深めるだけではこうした社会的問題に対応できないのではないか?という疑問が浮かんできた。信仰篤い高名な神学者や哲学者まで、ヒトラーを讃美したのである。預言者達が貧しい者や弱者への憐れみを神の意志として告げ、イエスがそうした者達に奉仕された事を強く意識し、社会正義への高い関心がないと、ただ敬虔なだけでは駄目のようだ。
 確かに、バルトやボンフェッファー、ニーメラーら告白教会の指導的な立場の人達は社会に対する高い意識を持っていた。「ドイツ教会闘争」が、国家権力に抵抗する為には、それに対峙しうる強大な国民教会として、信仰的聖書的権威で国家の干渉を排し、同時に異端的ドイツキリスト者運動と戦うために、まず神学的に戦わざるを得なかったことは理解できる。だが、社会的問題については必ずしも信仰や宗教が問われる必要はないのであり、一般的な人間的良心や博愛的心情があれば足りる。日本でも、そして世界中どこでも、密かに権力に抗してまで、迫害された人達や障害者などの弱者を助けようとする人達が存在した。だが、そうした人道的な感情を社会的政治的市民運動とするためには、それなりに社会に対する高い視点や正しい知識が必要とされる。その面での指導者は信仰的指導者とはまた別の才能や能力が求められるのだろう。

 一方、キリスト教は弱者への奉仕の面では、他の宗教に比べても高い実績を持ち、それを一般社会に広めてきた歴史がある。福音の真理について鋭い神学的信仰的自覚を持ちつつ、社会的奉仕については<一般市民として>、弱者に連帯し、かつ平和と民主主義の方向で他宗教や無信仰の人とも共同で考え行動する、このようなキリスト者や教会が理想ではないだろうか。個人的内面においてはキリスト教信仰、社会的行動においては科学的社会主義、といった二元論ではなく、バルメン宣言第二項にある通り人間と世界の一切が「キリストの支配」の下にあるという深い信仰的確信において、そのようにありたいと考える。