inner-castle’s blog

読書、キリスト教信仰など内面世界探検記

市川喜一先生著「対話編・永遠の命ーヨハネ福音書講解」Ⅰ&Ⅱ

 もう20年以上、家庭礼拝を続けている。神学的訓練を受けた夫が長年説教を担当してくれた。その間は、本人は準備が大変であったろうけれど、聴く立場の私や娘は気楽であった。ところが夫が天に召され、信徒にすぎない私と娘だけで礼拝を継続するとなると、大変である。まず、取り上げるテキストの講解を読み、自分なりに汲み取ったところを語らねばならない。だから、自分に合った良い講解書を探すのが最も肝心なのである。最近、マタイ伝を3年半かけて読み終え、次は思い切ってヨハネ伝にチャレンジしてみようと思いついた。

 ヨハネ伝は礼拝でも取り上げられるけれど、自分一人で聖書をよむ時にも好んで読む福音書である。ドストエフスキーの「罪と罰」で、ラスコーリニコフが娼婦ソーニャにラザロの復活箇所を読んで貰う場面など、心に残る。だれでも、ヨハネ伝の様々な箇所が自分なりに心に残り、好んで読んでいるのではないか。

 ところが、まとまった講解書を探すとなると大変であった。クリスチャンホームで育ち、ミッションスクールに通った私のような者には、簡単に「ありがたがらせる」ような初心者向け講解では、生意気だが飽き足らないのである。かといって、新約学的な研究をしたいわけでもない。原典に忠実で、語られていることを正確に伝え、かつ霊的で信仰を更新させるような講解書、しかも日本語で、となると探すのに苦労する。結局、キリスト教書販売ルートから購入したり、ある方のご好意で頂戴したりして何冊か入手した。だが、その中でも自分に向いたものを選択せねばならない。あまりに学問的な神学論文のようなものは、私には向かないのである。

 それに著者問題というものがある。ヨハネ伝の著者は、使徒ヨハネと長年誤解されてきたが、最後の晩餐の席でイエスの胸に寄りかかった愛弟子ヨハネであると教えられてきた。ところが、読み始めたNTDの註解では「ヘレニズム的教養をもつ異邦人キリスト者」と想定しており、ちょっとショックを受けてしまった。それなりに考証されているけれど、なんだか納得できずに、ネットで色々と検索してみた。

 そこで出会ったのが、「ヨハネ文書の成立」という文章である。丁寧に原典や資料に当たり、その上で分かりやすくヨハネ文書や成立事情を解き明かしている。これは、と思い検索を続けると、「天旅」というホームページに行き着いた。市川喜一先生という方が主宰で、独立伝道者として聖書研究や集会をして居られるようだ。この方の著作集中の「ヨハネ福音書講解」上下を、早速送付して戴いた。これを基本にして少しずつ勉強したいと思っている。

 まだ読み始めたばかりであるが、市川先生の註解はギリシャ語原典から独自に翻訳され、新約学研究の最新の成果も取り入れておられるのに、信徒にはつらい原語や難解な外国語などの説明は簡略にして、テキストの内容の瞑想を通し、これはとおもう箇所を解き明かしつつ要点を分かりやすく説いておられる。神学論文ではなく説教のように、信仰の養いに重点を置いておられるようだ。少し突っ込んで聖書を勉強したい私のような者には最適な註解書と思える。このような良書が、大手販売ルートどころかキリスト教書販売ルートにも乗らないというのは、なんと残念なことだろう。ネット検索でたまたま出会えなければ、存在を知ることすらできなかったのである。だが、聖書を勉強したいと思う人は少ないから、商業的販売ルートにのらないのは仕方ないかもしれない。しかし、御言葉の種は自ずから成長するという。広告宣伝を口コミに委ね、著作権も主張されず、インターネット上で閲覧自由にしてくださるのは、市川先生の伝道者らしいお考え方からであろう。

 私にふさわしい良い註解書を求め、結果、こうして豊かに与えられた恵みに感謝している。願わくばそれに応え、少しでも信仰の学びを前進させたい。また私同様、よい講解書をもとめて居られる方に、この本をおすすめしたいと思っている。