inner-castle’s blog

読書、キリスト教信仰など内面世界探検記

六条院でのリベンジ(源氏物語妄想)

 竹橋の丸紅ギャラリーで、源氏物語若菜の段の女楽のくだり「明石の御方」の衣装を復元展示していると聞き、さっそく行ってきた。文字通り、復元された平安時代女房装束と生地、それと対照させた現代皇室の衣装の写真パネルだけの小規模展示で、少し物足りない気がしたが、生糸問屋だった丸紅ならではの衣装についてのこだわりだったのだろう。
 当時の紫は、現代の染料とは違う草木染めなので野菊のような「薄紫」である。その上に柳の織物の細長、萌黄の小袿を重ね、身分の高い方と同席なので羅の裳を軽くかけて卑下した衣装が展示されていた。今回改めて気がついたが、下着と袴の上に最初に着る重袿(かさねうちぎ)は複数枚(展示されたものは五枚)着るので、全体は下着と裳を除いて八枚の衣が少しずつ重なり合って見え、色彩のグラデーションになっている。色の重なり合いを楽しむ襲の色目は、平安時代ならではの美意識であろう。残存する平安末期の義経の鎧や、経箱の紐など、当時の色彩の美感を偲ばせる。
 とはいえ、単に染めや織りに興味があった訳ではなく、源氏物語のヒロインの中で私が最も推しなのが、「明石の御方」だから展示会に足を運んだのである。彼女は、受領の娘という、本来なら女房にも採用されない低い身分ながら、父の領地に流されてきた貴公子「源氏」と、旅先の一夜妻のように関係を持つ。さりながら、貴婦人とも見まごう気品と教養、特に琵琶の演奏には特別の才を持っていた。源氏との間に、将来「明石の女御」となる女の子を授かり、上京し、その子を東宮の妃とするために紫の上に預ける。最終的には、源氏のハーレム「六条院」に引き取られ、娘入内に際し付き添いとして一緒に宮中に入る。娘「明石の女御」がお産のため里帰りで六条院に戻った際、源氏の正妻「女三宮」、愛妻「紫の上」と、女楽を催すなかに琵琶を担当する。女楽の催しは、光源氏が頂点を極めた時の出来事として語られている。女御、内親王、宮家の娘という高貴な女達に交じって、明石は少しも見劣りせず、「花も実もうち具した橘」、と源氏を感嘆させている。そして女楽四重奏の中でも、琵琶は一際気高く際立って聞こえたとある。
 漫画で「悪役令嬢」ものというジャンルがある。いい子ちゃんのヒロインに婚約者の王子をとられ、国外追放された悪役令嬢がリベンジを果たすストーリーである。女性は誰もがシンデレラのように王子様から愛されるわけではないので、愛されない意地悪な姉達に自分を重ねて応援したい気持ちを持っている。六条院は元々は、源氏に愛されなかった六条の御息所の邸宅であり、その娘の斎宮中宮にするために、後見人となった源氏が中宮の実家として増築し、関係を持った女性達を住まわせてハーレムにし、栄華を極めた場所である。だが、御息所は物の怪になって彼に祟り、最初に正妻「葵の上」を殺した後、六条院で最も身分高い女三宮を出家させ、愛妻紫の上を殺す。結果、六条院は、皇后・国母となって頂点を極める「明石の女御」の実家として、源氏亡き後「明石の御方」が支配し采配を揮う場となり、ここを「玉と磨きし」は唯この御方のためであったかの如くなる。受領の娘として永く卑下し、忍従の生活に耐えた「明石の御方」が、源氏の愛に頼らず、国母の母として独立した身分と地位を獲得するのである。
 地位も教養も美貌も欠けるところない貴婦人、六条の御息所が、源氏に愛されなかった恨みを、最も身分低く源氏の一人娘の実母としての扱いしか受けなかった明石の御方が果たしたと、悪役令嬢のリベンジにならって考えることもできる。光源氏は、結局、最も愛した「紫の上」に誠実を貫けなかった事を悔やみつつ死ぬ。あんなに情熱的だった朧月夜でさえ、彼を見捨てて先に出家する。それもまた、かっこいい。そんな事を考えつつ、帰宅した。