inner-castle’s blog

読書、キリスト教信仰など内面世界探検記

市川喜一著:「福音の史的展開Ⅰ・Ⅱ」

 私はクリスチャンホームで生まれ育ち、教会で知り合った人と結婚し、生涯にわたって聖書を読み、説教を聞き、キリスト教関係の読書をしてきた。だが、少し掘り下げて読もうとすると、同じ福音が、新約聖書の文書毎に多少異なる事に気がつく。「律法の一点一画も滅びない」マタイ伝、「律法からの解放」のパウロ文書、牧会書簡や黙示録、それぞれニュアンスが異なる.。これは、違った状況で生まれたからであろう。だが、現在の私自身がそれら全体を通して何を聴き取るべきか、時に混乱してしまう。
 この本は、新約聖書の一体性を追求するため、イエスの復活から新約聖書の文書が生まれた二世紀初頭までのほぼ70年間をとりあげ、福音の史的展開に各文書を位置づけ整理している。ユダヤ教内に発生したキリスト信仰が、異邦人世界に進出していく過程、ユダヤ戦争により神殿が崩壊し、律法中心のユダヤ教からキリスト教が分離していく時期、それぞれの状況のどのような場所でそれぞれの文書が生まれたかを解説し簡単に内容を紹介している。こうした鳥瞰的な新約文書の捉え方は、学校の聖書の授業でも教会でも教えて貰えなかったから、非常に新鮮で「目から鱗」のような気持ちで読んだ。
 現在の私達は、使徒行伝でピリポなどのヘレニストキリスト者の伝道や、パウロの異邦人への伝道に親しんでいるが、エルサレムに残った十二使徒や主の兄弟達の活動についてはほとんど知らない。だが、十二使徒や主の兄弟達が世界伝道命令を受けて、ディアスポラユダヤ人社会に伝道しイエス伝承を伝え、そこから福音書が生まれた事は興味深く読んだ。パウロ自身はイエス伝承を知っていても、直接自分が体験した復活者キリストを宣べ伝えて、書簡やパウロによる福音書というべきロマ書を執筆したのであった。
 勿論、各文書毎に詳しく読むべきであるが、福音が展開していく中にその文書を位置づけできれば、自分の状況に適応させ易い。信仰を教義や教会制度に固定化させるのではなく、こうした福音の展開に照らし合わせつつ、キリストの光を現在の自分をスクリーンとして反映させることが「絶えず改革されていく」戦闘の教会の任務であろう。
 上下二冊の分厚い本であるが、神学論文を充分に読みこなした上で、信仰の助けのために書かれている。こうした作業は、著者の生涯をかけた伝道と聖書研究から生まれたものであり、単なる学問的研究以上の熱を感じ取ることができる。また、哲学や神学を専攻した人でなければ読めない狭い意味の専門書の難解もなく、私のような永年の信仰者も、また信仰に入ったばかりの人にも非常に参考になる信頼できる本である。(ただし、一般書店では販売されておらず、インターネットの「天旅」ホームページにアクセスし、郵便振替で申し込む必要がある。)
 まだ全部読み終えていないが、これから聖書を読む上で参考にしたい良書に出会ったと思っている。